NPOバス、森杉隊長をふりかえる
八代村史に私は「地域の番人~八代環境パトロール隊との7年間~」のような題で寄稿します。最後の一文はもう決めていますが、それ以外はまだ白紙の状態です。自分の文章作成のために八代との関わりを今一度ふりかえろうと思います。
全国的な視点でみれば、八代と言えば「NPOバス(*交通空白地有償運送)」です。地元の人は身近な存在すぎてあまり知らないかもしれませんが、「走る公民館」と呼ばれ複数の中央省庁から高く評価されています。
民間の路線バスが赤字撤退、その後市営バスが後を継ぐも長く続かず、NPOバスになったらうまくいったというストーリーは霞ヶ関の官僚を驚かせました。なんといっても地域住民が自らバスを守るという気持ちに支えられた仕組みは前例がありませんでした。
(*)交通空白地有償運送・・・バスやタクシーなどの公共交通機関によっては住民に対する移動手段が確保できないと認められる場合において、NPO法人などの非営利団体が営利目的とは認められない範囲の運送の対価によって、自家用自動車を使用して運送する運行形態。旧称は過疎地有償運送。
八代環境パトロール隊はNPOバスを運営するために、NPO法人八代地域活性化協議会を2005年に結成します。NHKなど数々のメディアに取り上げられて、2016年には総務省の「ふるさとづくり大賞」の総務大臣表彰(*)を受賞します。
(*)総務省が評価した点・・・過疎化と高齢化が進む地域において、お年寄りの外出機会増加・地域内雇用の創出につながるコミュニティバスを運行していること。地域住民が一体となってバス運営に取り組み、継続させていること。
私は当時から「ふるさとづくり大賞」の受賞団体の動画制作を行っています。この時初めて八代のことを知り、この動画制作をきっかけに八代との関係が生まれます。
バスのサブスクを実現
私は全国各地の交通空白地有償運送を取材してきましたが、八代のNPOバス「ますがた(*)」は本当にすごいと思います。立ち上げから17年経ちますが、各地からいまだに視察が絶えないことがその証左です。最大のポイントは森杉隊長の経営センスだったと私は思います。
(*)ますがた・・・上杉謙信ゆかりの八代の山、桝形山にちなんで森杉隊長がネーミング。地域名や当たりさわりのない言葉をバスの名前としている地域が多い中で、個性が光っている。
交通空白地有償運送の料金は「民間のバス・タクシーの半額程度」という国交省の認可基準はあるものの、具体的な金額は各NPOが決めます。設立当初はどれだけの利用者が見込めるか読めないため、料金設定はとても難しいのです。しかもほとんどの場合、NPOの経営者は運送業の未経験者です。だから、バスより失敗のリスクが小さいタクシーを選択するNPOが多いように思います。
森杉隊長がすごいのは運賃制ではなく、今で言うサブスクリプション、年会費制(定額乗り放題)を最初から導入したことです。これにより一年を見通した安定した経営ができます。経営がよければ、運転手を複数人雇用でき、無理のない運送ができます。(理事長が一人で運転手を務めるNPOタクシーも存在します。善意で年間ほぼ休むことなく働き、身体を壊された方も・・・)
年会費の金額をどうやって決めたのか。森杉隊長に聞いたことがあります。「郵便局で長年働いていたこともあり、八代の家はどこも3代前から知っている。会員になってくれる人が大体読めるので、その数をもとに値段を決めた」と話されていたのが印象に残っています。実際、森杉隊長の読みはピタリと当たります。これは真似できるものはありません。
富山県第1号のNPOバス
もう一つ特筆すべきは「ますがた」は富山県でのNPOバスの第1号(2005年)であることです。現在、氷見市では八代以外に2つの地域がNPOバスを運営していますが、八代の方法をベースに横展開したものです。八代の成功がなければ、おそらく取り組んでいなかったと思います。
ちなみに、私は以前三重県で第1号となったNPOタクシーを動画取材したことがありますが、この第1号にとても誇りを持っていました。森杉隊長も同じ気持ちだと言っておられました。NPOバスの車体には以下の写真のように登録番号が書かれています。
無報酬だが、責任重大
現在、八代のNPOバスは危機に直面しています。人口減少が進み、200名いた会員が70名程度になったのです。森杉隊長は数年前から年会費を1万円値上げするなど経営改善に取り組んでいますが、会員が増えないため厳しい状況は続いています。値上げは限界にきていますが、市からの補助金の増額は見込めないそうです。これは富山県の制度に氷見市も合わせているためで、別途市独自の補助金を出すことは難しいと思われます。
少し話が変りますが、「NPOはボランティア組織だから、破綻しても誰も責任は問われない」とか「なんだかんだ最後は行政が面倒をみてくれる」などと気楽に思われている方は多いのではないでしょうか。
たしかに株式会社とは異なり、借金がNPO法人名義の場合、法人の借金を役員が背負うことは基本的にはありません。(ただ、現実的には役員が寄付という形で法人にお金を出し合い、その寄付で借金を返済し、資産0の状態で解散するケースが多いようです)
ただ、八代のNPOバスのように地域の交通インフラを担っている場合は相当な数の人の生活に影響するため、もし解散するとなると地域の一大事です。その衝撃は地元の新聞だけでなく、住民主体の公共交通の限界として全国的なニュースにもなり得ると思います。それは氷見のイメージダウンにつながり、移住を考えている人の心理にまで影響するかもしれません。
責任重大の森杉隊長は無報酬です。「どうせお金をもらっているのだろう」「バスなんて行政がやるもんだ。お前は何様だ」と地域の人に心ないことを言われたこともあるそうですが、設立以来17年間無報酬です。誰よりも地域に貢献されてきました。80歳を越えられた今、たとえバスを辞められてもこれまでの功績に傷がつくことは決してありません。
「ふるさと納税」でNPOバスの支援を
今年初めて少額ながら氷見市にふるさと納税(*)をしました。寄付の使い道を以下の項目から選ぶようになっていました。
- 市民の健康を守る保健医療の充実
- 豊かな自然環境及び美しい地域景観の保全
- 魅力ある観光地づくり及び地域産業の振興
- 未来を担う子どもたちの教育環境の充実
- 笑顔がきらめく福祉・子育て環境の充実
- 健やかな心と体を育むスポーツの振興
- 豊かな感性と創造性を育む文化の振興
- ぶり奨学金
- 新型コロナウイルス対策
- 浅野総一郎翁顕彰事業
八代に直接関係しそうなものがなかったため「豊かな自然環境及び美しい地域景観の保全」を選択しましたが、来年度は選択肢の中に「NPOバスの支援」も加えてほしいと思います。私だけでなく、出身者や都市部のボランティアなど関係人口からの寄付が期待できると思うからです。(ふるさと納税を通じた「NPOへの寄付」は全国的にはすでに存在し、佐賀県では寄付先として「NPO支援」が確立されています)
もちろん、「NPOバスの支援」には八代以外にも氷見市でNPOバスを運営している2つの団体(余川谷地域活性化協議会、上庄谷地域活性化協議会)も支援対象です。各団体への寄付金の額は人口減少の数に応じて、配分するのが適切だと思います。八代を含む3団体と氷見市は昨年「地域公共交通優良団体国土交通大臣表彰」を受賞しています。氷見市のNPOバスは全国に誇るべきものです。
2022年の総務省の調査によれば氷見市のふるさと納税は富山県トップの寄付金額(4億5千万円)で、この8年間で10倍以上に増加しています。鰤や氷見牛など魅力的な返礼品と行政のPRが実った結果だと思います。ちなみに氷見牛の主産地は八代です。寄付金を誰一人取り残さないふるさとづくりに使われることを願います。
*ふるさと納税…生まれた故郷や応援したい自治体に寄付ができる制度。オンラインで手続きをすると、寄付金のうち2,000円を超える部分については所得税の還付、住民税の控除が受けられる。自分自身で寄付金の使い道を指定でき、地域の名産品などのお礼の品も受け取れる。税の地域間競争を促す画期的な仕組み。なお、昨年11月に出版社のKADOKAWAが行った調査(対象23~50歳・女性)では「知っている」と「だいたい知っている」と回答した方が6割を超えている。寄付経験者も50%近くいるなど認知度は年々高まっている。
地域の番人 監督 巻島大樹
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